風のなかのテニスボーイ

風のなかのテニスボーイ

神奈川の南南西に位置する、透明度の高い海が広がる一色海岸。そこから内陸へ向かって延びる国道134号線をほんの少し北上したところに、「SUNSHINE+CLOUD」はある。

オーナーの高須勇人さんは根っからのテニスボーイで、80年代のカリフォルニア・サンタバーバラで1人、テニスに打ち込んでいた。当時の西海岸のテニスシーンを知る日本人は少ない。

そしてもう1人、後に〈Sud Sud Ouest〉 (S2O) を立ち上げることになる宮本恵造さんもまた、70年代のカリフォルニアにいた。直径およそ7センチのイエローボールを追いかけ、コートを駆ける眩い青春。テニスとファッション、そして、海。

ところでフランスでは、服装に気遣うスポーツマンのことを「風のなかのスポーツマン」と呼ぶのだそう。まさしく2人のことじゃないか!西海岸で同時代を生き、偶然にも巡り会̇わ̇な̇か̇っ̇た̇2人が、今こうして顔を合わせている。2人の間を通り過ぎる一色海岸からの海風。〈Sud Sud Ouest〉は、「南南西の風」を意味するフランス語だ。


「とらや」との不思議な縁


高須勇人(以下:高須) - 2013年に「SUNSHINE+CLOUD」がこの場所に移転する前、元々ここは、和菓子屋である「とらや」さんの保養所だったんです。でも、多分4、5年くらい使っていなかったのかな。それで、たまたま「とらや」さんの長女のお嬢さんと別件で知り合って。「和菓子屋さんの娘さん」という風に紹介されたんです。東北の震災があった時に、お嬢さんがいろいろ熱心にやられていて、「僕らもできることを」ということで、うちの服を持っていきました。そこからのお付き合いですね。その後、奄美大島でオープンしていたお店が落ち着いた頃に、「実はうちで使ってない物件が葉山にありまして」というので見せていただいたのがこの場所でした。

 

宮本恵造(以下:宮本) - 震災の時に、それこそ僕もお嬢さんとは色々やっていて、駒沢に当時あった「Cafe NICO」に色々と物販を持っていったりしていました。

 

今は跡地に「pizzeria NICO」がオープンしていますよね。それにしてもお2人が別々のルートで「とらや」さんと繋がりがあったのは凄く面白いです。

 

高須 - 確かに、不思議なもんですね。お嬢さんとは福島に行ったりと、色々とお世話になっていました。

 

POPEYEとテニスボーイ

宮本 - 僕が初めてアメリカに行った頃に、ちょうどうちの兄がPOPEYEの創刊号を持ってきて。「アメリカにこういう店があるからそこでこれを買ってくれ」みたいなことを言われたんです。POPEYEという雑誌を読んだのは、その時が初めてですね。

 

高須 - 僕はまだ日本にいる時に、テニスの特集を読んでいました。「UCLAではスーパーのカゴにボールを一杯に詰めて練習してるのか」と衝撃で。日本だとボールボーイがいて、4つのボールで 1コートを回していたから、「何なんだこの違いは」と思いましたよ。それでまあ、とにかく海外に行きたかったのもあったんだけど、海外で、テニスができて、海が近いと言ったら、サンタバーバラだった。


宮本 - サンタバーバラも観光地ではないですからね。すごい場所。


高須 - そうですね。面白いのは面白かったですよ。ハロウィンのパーティーとかも凄いし、パンクな街だったから。みんなショートパンツで学校に行くし。キャンパスも大きいから、普通にスケボーで移動したりして。とにかく開放的な感じで、大らかでした。


ボルグとマッケンロー。1980年、ウィンブルドンの決勝

当時活躍していたテニスプレイヤーはどういった面々ですか?


高須 - 僕らが一番熱くなったのは、やっぱりボルグとマッケンロー。1980年、あのウィンブルドンでの決勝は凄かった。その前がコナーズで、ナスターゼがいて、アッシュがいて。

マッケンローは〈タッキーニ〉を着ていて、ボルグが〈フィラ〉。当時は〈フィラ〉がすごく高くて、多分テニスウェアの中で1番高かったんじゃないかな。 ニットポロが1枚15000円もしたから。

 

カノコではなくてニットポロなのがまたお洒落ですね。

 

高須 - タイトに着る感じが凄く格好良かった。

宮本 - 当時の〈フィラ〉は高級品ですよね。その前は〈ラコステ〉が一番高かったのが、急にイタリアブランドの〈フィラ〉とか〈エレッセ〉が出てきて。

 

高須 - それが街ファッションみたいな形で流行ってたんですよ。その後から〈チェルッティ〉が出てきたり。

 

宮本 - コナーズが〈チェルッティ〉を着ていましたね。

 

高須 - 僕としては、やっぱりボルグがかっこよかった。ヘアバンドして、〈フィラ〉を着て、ちょっと厚い金のネックレスをして。ボルグは寡黙でね、それに比べてマッケンローはやんちゃ。ただ、ウィンブルドンの時だけは大人しかったですよね(笑)。やっぱり格式が高いから。


テニス全盛の時代

宮本さんは「セイコー・スーパー・テニス」で解説者もされていましたね。


宮本 - セイコーの時が、それこそ 78年の、アッシュとかコナーズとかボルグとか。やっぱりテニスが盛んな時代だったんですよ。その時は古い東京体育館を使っていたけどね。


高須 - 映像が浮かびます。


宮本 - よくあんなところで国際試合をしたなっていうくらいに、ひどい施設でしたよ(笑)。シャワーが数本しか出なくて、ブライアン・ティーチャーっていうUCLAのNo. 1選手が195センチぐらいあって、それがシャワーで思い切り肘をぶつけて。テニスエルボーみたいになって大騒ぎしていたな(笑)。今ではいろんなことが変わったよね。


今また少しづつテニスが盛り上がってきていますけど、湘南には昔からテニスの香りがありましたよね。


宮本 - 軽井沢トーナメントと鎌倉トーナメントが二大クラシックトーナメントだったからね。昔はやっぱり湘南にもテニスコートがいっぱいあったんだけどな。有名なのだと、今もある鎌倉ローンテニス俱楽部とか。


今でいうと、この間ご紹介していたラベーラさんとかも。


高須 - ラベーラは半分パブリックみたいなものだけど、あとは葉山テニスクラブとかもありましたね。


宮本 - 神宮前のメンバーシップのクラブとかは21面あるんだけど、9時半からのコートを取るために、1番早い人だと4時半とかから並んでる(笑)。ほんと、凄い熱気ですよ。


これからのテニスを“文化”として

そのあたりを〈S2O〉としてはファッション、文化を含めて盛り上げていけたらなと。


宮本 - でも、僕らは稀なタイプだったと思う。アメリカだとみんなお洒落に気を遣っていたけど、日本の場合は、白のブレザーに協会とかのエンブレムが付いていて、〈エルメス〉や〈グッチ〉のベルトを締める。むしろ普通にネイビーブレザーなんか着てると、「珍しい格好してるね」って言われたりするくらいだったから。それはこれからね、楽しくなっていけばいいなと思います。


メンバーシップクラブももっと盛り上がっていったら嬉しいです。この前行ったマリブのマリブラケットクラブがとにかく綺麗で。こういうのが日本にあったらいいなと本当に思います。


高須 - マリブの海沿いのね。本当に気持ちの良い、あそこはまた別格ですから。


シアサッカー生地を採用した〈Sud Sud Ouest〉26SSのStripe Shortsに足を通すと、凹凸のあるシボから風を含んで、サッと汗を飛ばしてくれる。スーツにも使われる生地だからこそ、品よく、清潔な感じが心地よい。なんて言ったって、トラッドなストライプだ。風の赴くまま足を運べば、誰だってきっと歓迎してくれるはず。

テニスと、ファッションと、それから海と。ある時期をカリフォルニアで過ごした2人のスポーツマンの間を、サッと、風が吹き抜けていく。


文 小林 諒

 

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